愛猫ティー子が死んで3年 お墓参り@青物横丁

2017/04/20 Thu

今年の4月で愛猫ティー子が無くなってから3年経ちました。
16~17年一緒にいた大切な猫でした。


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今でも考えると涙が出てきます。
前よりは随分ましになりましたが( ;∀;)


↓2009年に撮影した写真です。今8歳の長女がこの時0歳!


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ティー子が眠っているのは青物横丁の真了寺城南ペット霊園です。


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そこの合同供養塔の下に眠っています。
次女が頑張って水を掛けました。たくさんのお供えを濡らさないように注意していました。


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供養塔の両側にはペットの名前が書かれたプレートが並べられています。
これは最初に5千円払ってプレートを作成し2年間掲示してもらい、その後2千円払って次の2年間に掲示してもらうよう更新するものです。


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うちは亡くなってから3年なのですが、最初は何も考えられなくてモタモタしていたら1年たってしまいました。
なので1年経ったときに初めてプレートを作ったため、2年経った今初更新となったのでした。


無事2千円払ったのであと2年間はプレートを掲示して貰えます。
供養らしいことは何もできなかったのでせめてもの気持ちと思い更新しました。


↓ペット霊園のすぐ近くに居た野良猫


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来年も忘れないようにお墓参りに行こうと思います(*^▽^*)
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さび猫ティー子が死んでもう2年

2016/04/19 Tue

愛猫ティー子が死んで丸2年。
今年も4月19日近くの週末に家族でお墓参りをしてきました。


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青物横丁にある真了寺の城南ペット霊園です。


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↓ティー子はこちらのお墓に埋葬されています。
名前の掛かれたプレートを昨年作ったので、今年はそこにシールを貼ってきました(*^▽^*)


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2年も経つと大きな悲しみは無くなり、懐かしさと寂しさをじんわりと感じました。


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旅行に行けなくなるし、子供たちのアレルギーも心配だから、もう猫は飼わないとか言っていますが、それは言い訳で私自信がティー子に申し訳なくて飼いたくないんだな~と最近気づきました。


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死ぬ前にきちんと介護しなかった。。。と後悔の念があります。
これも時が解決してくれるのかな…

真了寺でのティー子一周忌供養@青物横丁

2015/04/19 Sun

今日4月19日は愛猫ティー子の一周忌でした。


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去年の今日の朝、ティー子は静かに息を引き取りました。
もう丸くなる気力もなくなっていて横にぐったりと寝ている状態でした。

今でも思い出すと悲しくて切ない気持ちになります。


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今日は家族4人で真了寺へお参りへ行きました。


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皆で手を合わせて1年たったね、と話しかけました。
子供たちにはナムナムするのよ~と言ったのですが、長女は手をパンパンと打ちそうになっていました(^-^;
それは神社よ~(>_<)ここはお墓よ~と突っ込みました。


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サビ猫ティー子。夜寝る時に腕の中に猫がいないという事にこの1年でやっと慣れてきました。

↓5年前のティー子。


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長女が1歳の頃です。
この頃はまだ次女も妊娠してなくて、長女も大人しいいい子だったので毎日に余裕がありました。
ティー子とも元気で赤ちゃんの長女とよく遊んでいました(*'▽')


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猫なのでやっぱり箱大好き♪なティー子(*´▽`*)


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晩年は全然余裕が無くて、かまってあげられなかったこと、
夜鳴きしたらイライラしてしまっていたこと、今では凄く後悔しています。

今更悔やんでも仕方ないけれど。
だからこそ後悔が生まれないように、毎日ちょっとずつでも
悔いの無い毎日を過ごして行こうと今日改めて思いました。

愛猫てこの死

2014/04/22 Tue

去る4月19日土曜日明け方、私が16年間を共にした大事な猫、
ティー子こと「てこ」が死にました。享年17歳(推定)でした。


覚悟してしていたとは言え、まだまだ悲しみは深くとても落ち込んでいます。
それでも今のこの気持ちを残しておこうと今思っていることを書いてみることにしました。


テコとの出会いは約16年前。私が学生の時でした。
長野で野良猫をしていたテコと家の前で目が合い、顔半分が黒いテコを見て
「え?!この猫顏どうなってんの!?」と凄く驚いた記憶があります。


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※写真は2008年テコ推定11歳のとき。


もうその時は成猫で、1歳くらいに見えました。
人懐こくて私の顔を見ると寄ってくるので、よく餌をあげてしまっていました。
ある日出会ってからまだ間もない時に台風が襲ってきた夜がありました。
私は心配になりテコを家にあげて一緒に過ごすことになりました。
それからテコは私の家をねぐらにするようになり、私にとってテコは半分飼っているような状態になったのです。


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その後の春、テコに盛りが付いてしまったため、私は避妊手術を行うことにしました。
私は貧乏だったので綺麗な街の動物病院ではなく、怪しいぼろ家の動物病院で格安で手術をしてもらいました。
他の動物病院は一律料金だったのに、その病院だけは半額くらいの手術料金を設定していたのです。


その怪しい動物病院で手術を受けたテコは、手術後なかなか麻酔が切れず、
一晩だけですが下半身のみ麻痺が残った状態になりました。
意識はあるのでパニックで鳴いて暴れるテコを抱きしめ、申し訳なくてかわいそうで、
自分のエゴで勝手に避妊手術をしまったことを謝り「必ず最後まで面倒見るから」と誓ったのでした。


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テコはとても賢くて私に懐いていて、お風呂に入るにも一緒に浴室に入り湯船に座って傍にいるし、
近くのコンビニへ行くにも一緒に付いてきて店の前で待ってるし、
私がインフルエンザで一人で寝込んでいるときも傍らで様子を見てくれていたし、
寂しい一人暮らしの学生時代に傍に居てくれた大事な相棒のような存在になっていました。


テコをずっと面倒を見るという約束通り、東京に就職が決まり実家に帰ることになった私は
テコを連れて東京へ戻ってきました。


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この実家時代がテコにとっては受難の日々でした。
実家には先住猫の雌猫チャチャがおり、気が強いチャチャとはいつも喧嘩をしていました。
私は仕事で余裕がなく、朝から晩まで仕事仕事でテコの事は母にまかせっきりでした。


ある木曜日、私が出社しようとするとテコが付いてきました。
実家では長野同様、外へ自由に行き来できるようにしていたので、
テコは私に付いてきたくて、いつもよりも長く後を付いてきました。
「ダメだよ!帰りなさい!」と走って逃げたのですが、その場所はテコのテリトリーから
外れていたような記憶があります。


その晩テコは帰宅しませんでした。私は近所中探し回って家の中も探してました。
自責の念があり、ショックで「てこ~てこ~どこなの~!」と何度も近所をぐるぐる回りました。
それを見ていた母は猫を探す張り紙を作ろうとしてくれていました。
記憶力の悪い私ですが、この時のことは鮮明に覚えています。


翌金曜も帰宅せず心配してた矢先、土曜の朝大けがをしたテコが帰宅しました。
顎のあたりが潰れたようになっていたのです。
慌てて早朝でもやってる動物病院を探し、旗の台の田中動物病院へタクシーで向かいました。
病院では、バイクのような大きなものにぶつかって顎の骨が折れていること、
手術が必要だが成功するかわからないこと、
成功しても物を食べられるようにならないと生きられないこと、
が順番に説明されました。
「それでもいいので手術してください」とお願いして、私は土曜出勤のため会社へ向かいました。


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私はテコが帰ってきてくれて嬉しかったところへ死ぬ可能性が高い怪我と聞かされ、
その落差で非常にショックを受けていました。
会社へ向かう道すがら、一目もはばからず嗚咽しながら歩いたのを覚えています。


それが2003年前後だったと思います。テコ推定5~6歳の頃でした。
幸いにもテコの手術は成功し、顎の状態は良くなりました。
それでもテコは入院中ご飯を食べようとせず、ずっと点滴で生かされていました。
医者には「これでは退院しても生きられない」と言われてしまいました。


それでも医師と相談してお試しでテコを退院することになりました。
凄く心配でしたが、帰宅したテコは母と私が見守る前でペットフードをガツガツ食べたのでした。
翌日から普通に食べるようになり、テコは病院に戻ることなく完全に回復することができました。


仕事が忙しくて母に見舞いを頼んだり、医者にまかせきりだったり、この頃の私は
本当に良くない飼い主だったと思います。母と田中先生にはとても感謝しています。
田中動物病院は設備が整っているのに料金も良心的で信頼できる良い病院でした。


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私はその後テコを連れて結婚し、またもや引っ越して主人と同居を始めました。
テコにとっては3件目の家です。
この家はマンションだったのでテコを完全家猫にしました。
テコは外に出たいと夜鳴きをするので、私は週末にテコにリードをつけて散歩をするようになりました。


たったの2年でしたが穏やかで幸せな毎日でした。


私たちの間に長女が生まれ、すぐに今の家に引っ越すことになりました。
テコにとっては4件目(本当に連れまわしてごめんね)。
ここでは赤ん坊の子育てと猫飼育のいろいろな困難が待っていました。


清潔にしたいと気が立っている私、老猫になり毛が多く抜けだしてきたテコ。
猫第一だった生活から子供優先の生活になり、
実家へ帰るにもテコがいるから家を長く開けられないし、
テコの夜鳴きは日に日に酷くなるし、
次女には猫アレルギー因子も見つかり(結局今日まで発症はしませんでしたが)、
何度も何度も「テコを実家に預けようか」と考え迷い、そのたびに
「いや私は10年以上前に最後まで面倒見ると誓ったじゃないか」と打ち消してきました。


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そうして何とかここ数年は迷いながらもテコと一緒に住んできて、
そして今最後まで看取ることができて、ほっとしたと同時に今大きな喪失感に襲われています。
これがペットロスというものなんだと、やはり16年間は長かったんだな~とぼんやり思います。


死ぬ間際に力を振り絞っておでこを私の手に擦り寄らせたテコに
「ずっと一緒にいてくれてありがとう」と伝えることができました。
まだ家にテコがいないという現実が受け入れられませんが徐々に受け入れて行こうと思っています。


ずっと10年以上、テコのサポートをしてくれた母と、
決して美猫とは言えない夜鳴きのうるさいテコを受け入れてくれた主人に感謝です。
そして子供たちも幼いながらも私の気持ちを汲み取って一緒に泣いてくれました。
どうか二人にテコの記憶が残るように願っています。
プロフィール

てこリス

Author:てこリス
食べ歩き大好き。
子連れなので持ち帰り中心です。
子育てしながらのんびり更新します。

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